東京高等裁判所 昭和34年(ネ)902号 判決 1963年6月24日
判 決
東京都港区赤坂葵町二番地
控訴人
日本電信電話公社
右代表者総裁
大橋八郎
右訴訟代理人弁護士
松崎正躬
同
風間克貫
同
和田良一
右指定代理人
検事朝山崇
右選任代理人職員局労務課長
田中一郎
同職員局調査役
佐宗正
東京都新宿区柏木一丁目一二四番地弦月荘内
被控訴人
山本孝幸
同都練馬区大泉町五六六番地
被控訴人
野崎咲夫
同都調布市入間町一、二三二番地神代寮内
被控訴人亡阿部徳寧承継人
阿部ミサヲ
同
阿部澄子
同
阿部公子
同
阿部英雄
同
阿部正子
同
阿部敏子
同
阿部ゆき子
右六名法定代理人親権者
阿部ミサヲ
右以上被控訴人等訴訟代理人弁護士
上田誠吉
同
中田直人
同
松本善明
同
東城守一
同
大野正男
右当事者間の雇傭関係存続確認控訴事件につき、当裁判所はつぎのとおり判決する。
主文
原判決を取消す。
被控訴人等の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審を通し全部被控訴人等の連帯負担とする。
事実
控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人等の請求はいずれも棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人等の負担とする」との判決を求め、被控訴人等代理人は「本件控訴を棄却する。」なお、当審において請求の趣旨を拡張し「控訴人は被控訴人山本孝幸に対し金一五四万八、七九八円、同野崎咲夫に対し金一二五万八、〇六二円同阿部ミサヲ、同阿部澄子、同阿部公子、同阿部英雄、同阿部正子、同阿部敏子、同阿部ゆき子の七名に対し金二三三万〇、一二四円並びに右各金員に対し昭和三五年四月七日から完済に至るまで各年五分の割合による金員を支払え。」との判決竝びに右金員支払の部分につき仮執行の宣言を求めた。
当事者双方の事実上の主張並びに証拠の提出、援用、認否はつぎの点を附加するほかは原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。
控訴代理人は被控訴人等主張の当審における新たな請求原因事実のうち被控訴人阿部徳寧がその主張の日死亡し同人の妻阿部ミサヲ他六名がその遺産を相続して本訴を承継したこと、別紙各人別給与支給額計算調書記載の金額に誤りないことは認めるがその余の事実は争うと述べ更につぎのとおり述べた。
第一、一、本件修理工事並びにこれに要する航海に従事することが千代田丸乗組員の職務に属することは、つぎの観点からその労働契約の内容を検討するも明白なことである。すなわち
(一) 公社法との関係
1、千代田丸乗組員は、いうまでもなく公社職員に属する。公社職員は「その職務を遂行するについて誠実に法令及び公社が定める業務上の規定に従う」とともに「全力を挙げてその職務の遂行に専念しなければならない」(公社法第三四条)。
2、しかして公社は、その業務を遂行するため、経営者ないし、使用者としての本来の権能に基づいて「日本電信電話公社職制」(昭和二七年一〇月二八日公社公示第七九号、以下「職制」という)、分課規程(海底線関係については「日本電信電話公社本社等分課規程」昭和二七年一〇月三一日総裁達第五四号、以下「本社等分課規程」という)等業務上の規定を定め、これによつて確立された経営組織に個々の職員を配置した上、それぞれの地位に応じ、各職務を割当てているのである。これを海底線関係についてみるに、「海底線の建設、保全及び取替工事の設計及び実施並びに布設船の建造改修、管理及び運行並びにこれ等に附帯する業務に関することを行う」機関として海底線施設事務所(東京都)を置き、その出張所として横浜、尾道、長崎各海底線工事事務所を設けている。しかして海底線施設事務所及び出張所には、所属布設船及工事隊がおかれ、「工事隊においては、海底線施設事務所の定めた工事実施計画に基づき、海底線の建設及び保全の工事又は委託されたこれらの工事を実施する」こと、「布設船においては、前項の工事を実施するため、海事法令に基づき、船舶を運航する」ことが工事隊、布設船の各業務とされている。
3、しかして、布設船に船長、工事隊に工事長を置き、船長は海底線施設事務所長またはその出張所の長の命を受け、所属の職員等を指揮監督して布設船の業務を執行する職責を、また工事長は、同じく海底線施設事務所長またはその出張所の長の命を受け、所属の職員等を指揮監督して工事隊の業務を執行する職責を有するものとされているのである。
4、しかして海底線施設事務所長は前記船長、工事長並に機関長を除く其の余の布設乗組員の任命権を委任され、右所長からの任命により船長、工事長の下に所属せしめられた職員に対し、船長、工事長において服務指定をなし、これによつて各乗組員はその配置が定まり、それぞれの配置における具体的な職務を遂行すべき義務を負うのである。そして千代田丸、千代田丸工事隊は海底線施設事務所に属している。
5、而して前記職制その他の規程にいう海底線とは、その区域如何を問わず公社の管理する一切の海底線を含むものであることは前記規程が何等の除外規程を有しないこと、並びに海底線の性質上、日本国領海はもとより公海その他に及ぶこと等から見るも当然のことである。従つて日韓間ケーブルも当然前記海底線の中に包含して規程されているものであつて、右ケーブルの修理作業が公社の業務に属するものであることはさきに記したとおりであるから、その修理に従事することは千代田丸等の布設船乗組員の職務に当然属するものである。
6、従つて、前記のとおり、海底線施設事務所長から千代田丸船長、同工事長に対して工事命令が発せられ、ついで早期発航を促す業務命令が出された以上、公社職員たる千代田丸乗組員は、その業務命令に基づいて行なう船長の指揮監督の下にそれぞれその職務に服すべき公社法上の義務を有するものである。しかして公社法は、公社と公社職員との労働契約の内容を規制しているものであるから、右の義務は公社職員たる千代田丸乗組員の労働契約上の義務でもある。
(二) 労働協約との関係
1、労働協約として公社と千代田丸乗組員の労働契約を規制するものとしては、公社職員の職務内容、賃金に関して締結された協定(昭和二九年一〇月四日締結「昭和二九年九月三〇日以降の日本電信電話公社職員の賃金体系に関する協定」)が存し、千代田丸乗組員等海事職群に属するものについても各職種毎に、職級、基本給月額、昇給額、昇給期間等明細に協定し、これ等協定の内容はそのまま公社給与規程に織り込まれている。その他手当額に関し若干の協定があり、それらもまた給与規程に織り込まれているが、協定の内容となつていないものは、公社が給与規程において定めている。
2、旅費に関しても協定(昭和三一年一月三一日締結「新賃金体系への移行に伴う旅費支給基準の改正に関する覚書」)があり、海底線布設船乗組員の旅費について協定されていて、その内容も右同様、公社旅費規程に織り込まれている。しかし右協定は基本的な一部事項に関するものに止められていたので、その約定内容になつていない部分については公社が概ね国家公務員旅費法令の規定例にならつて右旅費規程において定めているものである。
3、しかして右の各協定は既に述べた公社法、職制、分課規程を前提として締結されているものであるから、本件工事地点を含む日韓間海底線修理のための工事航海に従事すべき職務を有する職員の賃金旅費を協定しているものと解すべきである。右各協定には本件工事地点を含む日韓間海底線修理のための工事航海に関し、特にそれを取り出して規定していないが、これは日韓間海底線以外の諸々の海底線工事についてもいえることである。日韓間海底線修理の工事に従事することが海底線布設船の乗組員の職務に属することは、前述したとおりであるが、右協定はこのことを当然の前提として締結されているのである。なぜならば、右各協定締結前において、日韓間海底線修理のための工事が何度も行なわれた事実からみて、もしかかる工事をこれら各協定の対象に含めないとするならば、むしろ適用を除外する旨の例外を逆に明確に規定しなければならないことになるからである。
(三) 給与準則、就業規則との関係
1、公社法は、職員が公社から受ける給与につき、職員の「職務の内容と責任に応ずるものであり、かつ、職員の発揮した能率が考慮されるものでなければならず」、「国家公務員及び民間事業の従業者の給与その他の事情を考慮して定め」るべきものとし(同法第三〇条)、「職員に対して支給する給与について給与準則を定め」るべきことを要求しており(同法第七二条)、右に基づき「日本電信電話公社職員給与規程が制定され(昭和二七年八月一日)、その中には海底線布設船乗組員等の職務内容、給与が「海事職」に属するものと規定されており、また海底線関係作業についての手当について規定されている。
なお、これ等一般の給与規程のほか、手当の支給に関し若干の調整的規定が設けられており、これ等が相俟つて種々の場合に対処できるようになつているのであるから、本件の場合についても規程類は十分に整備されていたというべきである。しかして右調整的規程の発動は総裁又は職員局長の権限に属することとなつているのである。
2、つぎに旅費については、海底線布設船に乗り組み海上を旅行する場合は、職員等旅費規程第三四条により支給されることになり、その日額は航海日当および食卓料に区分されておる。航海日当はその支給区分を沿岸三マイル未満と三マイル以上とに区分し、その定額を定めているのであるから、沿岸三マイル以上の海域を航海する場合においては、その航行海域が、公海あるいは、外国領海であつても、旅費規程上の内国旅行として、原則として三マイル以上の支給区分による定額が支給されるのである。従つて被控訴人等主張の如く外国旅行にはならないのである。もつとも、同規程上、旅費の増減につき調整をなし得る余地が規程され、これにより種々の場合に対処できるようになつているのである。
然るに昭和二七年八月公社発足以後本件以前対馬朝鮮間の第三区間の工事のため四回布設船が出航したが旅費に関しては何らの疑義すらもなかつたのにひとり本件に関し旅費規程の適用が問題になつたのは、当初組合(海底線協議会)側が本件工事地点を誤認により外国領海内であるとして(事実は公海上)いわれのない外国旅費の支給要求をし始め、本社支部がこれに固執したことに基因するものである。仮に本件の場合内国旅費の定額通り支給することが不適当であつたにしても、それは右定額に対し前記調整権の発動により若干のいろをつける程度で十分とされるべきものであつたのに過ぎないのである。
3、ところで以上述べた公社の諸規則中には、特に本件工事地点を含む日韓間海底線修理のための給与、旅費として特に明記した規程は設けていないが、右の諸規則は、本件工事地点を含む海底線修理のための工事、出航に従事することが当然千代田丸乗組員の公社法上の職務に属することを前提としているものであり、かつ、本件海底線修理のための出航に伴う給与、旅費に関する規定をも具有しているのである。
(四) 船員法との関係
1、前述の如く、千代田丸乗組員は公社職員であるとともに、船員法による船員であり、船舶所有者である公社との間の船員法による船員雇入契約を締結している。ところで船員は労基法第一一六条により同法第八九条の適用なく、船員法第九七条による就業規則が作成されるべきところ、本件出航業務拒否においてはまだ同法所定の船員就業規則の作成手続をとる段階に至つていなかつた(その後昭和三三年九月二〇日制定された)から、船員法そのものの定めるところによつて乗組員の労働条件が規制されていたというべきである。(もつとも前記給与規程、旅費規程に定めのあるものは、それによるべく、それらは船員法に何等抵触していないし、これ等規程中千代田丸乗組員等海事職に関する規程は、船員法上の就業規則の一部に属すきべ性格を有するものというべきである)。
2、而して右傭入契約により定められた労働条件によるも本件海底線修理工事地点への出航業務に従事することは千代田丸乗組員の明らかな義務である。このことは千代田丸の航行区域が本来近海区域(本件工事のための出航に際しては、沿海区域とされていた)であつて、本件海底線修理個所が近海、沿海いずれをとつても右千代田丸の航行区域に入つていること、また海員名簿及び船員手帳にも右航行区域が記載されていることに徴しても明らかである。
二、つぎに控訴人は、朝鮮海峡工事における被控訴人等のいう「危険性」なるものが、千代田丸乗組員の労働契約上の職務を左右するものでないことについては原審で述べたところであるが更にここに右のいわゆる「危険」に関する控訴人の見解を明らかにしたい。
本件について判断の対象となるのは、昭和三一年三月の時点で、朝鮮海峡の一部たる海底線布設海域において、海底線修理作業に従事する千代田丸乗組員の「危険」の有無、すなわちかく限定された危険の有無でなければならない。しかもその「危険」は通常人が危険と判断し得る客観的危険が存在し、かつ乗組員がこれを重大なる危険と意識して始めて就労義務との関連において問題となるのであり、客観的危険が存在せず、あるいは乗組員が危険感を抱かなかつたとすれば就労義務の存否を論ずるにつきもはや問題にならないと信ずる。
(一) 客観的危険について、
(イ) 被控訴人等は日韓両国間に正規な外交関係が存在しないことを以て危険の一原因と主張する。
なるほど、日韓両国間においては、平和条約等による正規な国交関係が成立していないことは事実である。しかし海運に関しては、「日韓間暫定海運協定」が両国間に存在しその他金融財政等の協定などもあり、これらのとりきめは個別的ではあるが、全体として正常な外交関係が保たれ、漁業問題を除いては特別に非友好的な問題は存在しない。海底線修理作業についても、同様で、修理の都度、日本外務省より韓国外務部に対し作業に関する必要にして充分な口上書を提出し(乙第一四号証)、極めて友好裡に了解が成立し、未だかつて、疑義の生じたことはない。さらに一言加えるならば、日韓海底線は戦後引続いて米軍に対する電気通信役務の用に供せられ、一方韓国には朝鮮動乱以後国連軍の一員である米軍が駐留して防衛に当り韓国の存立に極めて重大な関係をもつていることは顕著な事実で、従つて米軍に対する電気通信役務を全たからしめその依頼を受けて行なう海底線修理作業はそのまま韓国の利益につながるものであり、韓国政府がこれに反対し、攻撃を加えるべき何の理由もない。
また前記海運協定に基づき、日韓両国間を毎月数隻ないしは十数隻の一般商船が李ラインを越え、釜山はもとより仁川、群山、木浦等までも往復しているのに昭和三七年の今日に至るまで一隻たりとも攻撃を受けたことはない。
(ロ) 李ラインの性格とその危険について
李ラインは一九五三年一月一八日公布された韓国国務院告示第一四号「隣接海洋に対する主権宣言」に基づくものであるが、その宣言の趣旨が韓国海岸隣接海洋の天然資源、特に漁族保護のみを目的とすることにあることは明らかで、特に公海上の自由航行権を妨げないことを明らかにしている。韓国政府の企図するところは右のごとくであるから、漁船以外の船舶が単に李ラインを越えることのみを理由として攻撃を加えることを宣言した事実は一度たりとも存在しないことに注目せらるべきである。
被控訴人等が証拠として援用する新聞紙等の被撃記事はすべて漁船及びこれ等漁船が拿捕されることを防止せんとする巡視船の行動に対して加えられた攻撃であつて、漁業と関連をもたない船舶に対する例は一件たりとも存しない。
なお右の被撃事件についても、その被撃場所は概ね黄海、東シナ海寄りの海面であつて、殊に日韓海底線が布設されている対馬を中にはさみ福岡県野北と韓国釜山を結ぶ海底線布設海域ではないことが明らかにされている。(乙第五九、第六〇号証)のみならず、千代田丸は一、八四九トンの大型の船舶で外見上からも特殊の船舶であることが明瞭である上、更に作業中は勿論航行中も米国旗を掲げた護衛艦が常時随伴しているのであるから、漁船と見誤られる惧れは全くないものといわなければならない。
また被控訴人らが特に主張している昭和三〇年一一月一七日のいわゆる「撃沈声明」が当時の韓国政府の正式な方針であつたか否か疑わしいが少くともその狙いとするところはもちろん漁船であつて被控訴人等のいう一般の船舶をも攻撃をる意味を持つていたとは受けとられない。
以上要約すれば昭和三一年三月の時点において、海底線布設海域を航行する漁船にあらざる千代田丸に関しては、通常人が観念し得る航行上の危険は全く存存しなかつたことが明らかにされたであろう。
被控訴人等が危険の根拠として主張する(a)(b)(c)(d)の事件(原判決事実記載)のうち(a)、(b)はいずれも発生の時点が、朝鮮動乱のただ中であり、発生の場所も朝鮮海峡に属しないから、仮に現実に危険が生じたとしても、上に述べたところから明らかなように本件について意味をもつ「危険」には何等の関係もない。(c)の本件工事中における韓国警備艇接近事件は同国電通関係者が見学のためのものであつて何等「危険」を裏づけるに足る資料がない。仮に乗船の韓国人の態度等から多少の違和感があつたとしても通常人が考えて危険ないし紛議を生ずる可能性は全くなかつたとみるべきである。(d)の昭和三三年四月の落弾事件は本件出航より二年余を経過した後の時期の出来事であつて時点を著しく異にしており、かつ本件当時に於いては予見不能の而も一回限りの偶発事故(米軍の高射砲演習中高射砲の自動操作機械に由来する偶発事故)であり、従来潜在していた「危険性」が現われたというようなものでないから本件出航当時の危険を判断することについて何の役にも立たないものである。
以上のとおりであるからかかる事故発生をもつて朝鮮海峡の一般的危険性を結論することは飛躍であつて理由がない。
(二)、危険意識(主観的危険)について、
本件出航時における組合の態度を考察することによつて、千代田丸乗組員が生命身体に対する危険を惧れて工事参加を嫌うといつた意識すなわち危険感は持つていなかつたことを裏書することができる。すなわち
本件海底線に障害の発生した直後の二月二二日、本社支部の下部組織たる海底線連絡協議会と公社の海底線施設事務所との間に出航に伴う諸条件の交渉が直ちに開始された。その際の組合の要求事項は、
一、護衛を完全にするため次のことを行え。
(一) 飛行機により哨戒せよ。
(二) 大型護衛船(米軍)を派遣して領海から領海まで終始護衛せよ。
二、李承晩政府との十分なる連絡並びに事前の折衝については万全を期すること。
三、通訳を常時乗船させよ。
四、次の諸手当を支給せよ。
(一) 危険海面手当。長崎出港より入港まで完全に支給し、李ラインを越した場合十割増とせよ。
(二) 日当、食卓料及び支度金。外国旅費規程の乙地域を適用せよ。
(三) 被撃手当。一回五千円支給せよ。
(四) 壮行会費を支給せよ。
以上であつた。万一乗組員に危険感が切実にあるならば、右の諸要求の内最も必要なものは右の一、二、三、の諸項であるにも拘らず特別従来と異なる主張なく護衛船を含めた右の諸項については同月二三日公社の措置を承知して直ちに妥結し、本社支部との交渉への上移の対象より除かれた。以後出港までの間本社支部との交渉において被控訴人等が執ように要求を繰返したのは、手当問題特に朝鮮海峡の作業に対しては外国旅費を支給せよ、との点であり、出港に至るまで解決がつかなかつた。
本訴において被控訴人等が強調するように朝鮮海峡に向つて出航することが、仮りに身に迫る危険感を呼ぶものであるならば、最初から危険性を主張し作業を拒否するか、そうでなくとも護衛に関する事項を納得行くまでかためることが筋道でなければならない。被控訴人等のいうまでもなく身体、生命に関する危険は金銭にかえられないものである。護衛の措置に関するとりきめが簡単に決定したということこそ、当時の千代田丸乗組員に危険がなかつたことの証左ではなかろうか。右の事情はさきに述べた被控訴人山本孝幸名義の支部斗争連絡第六号の記載に「今回の朝鮮海域における海底線工事は外国における工事である。われわれは工事に従事する義務はないのであるが、条件によつては妥結しようとした。よつて外国旅費の支給について、公社と組合との間における妥結を見ない限り発航の準備が整つていないので発航命令があつても発航に応ずるな。」とあり、そこに出航拒否の理由としてあげられている点は全く本件工事作業が「外国」における作業だという点に尽きているのであつて、危険だから出航しないというのでなかつたことは極めて明らかである。
三、被控訴人等は、日韓間海底線修理工事殊に李ラインの内側における工事は労使の特別の合意による特別な労働条件によつて行わるべきものであることは過去の実例によつて確立されたところであつて、この合意があつて始めてこの海域への出航が約されたものである、と主張し過去の実例を基礎としその団体交渉における妥結を積みかさねることによつて、千代田丸乗組員の朝鮮海峡における労働は、その都度労使の団体交渉により妥結する条件を以てその労働条件とする約旨の内容に限定されたものとなしている。
併し、前記一、において述べたように、千代田丸乗組員は、公社職員として、その職務を指定され、定められた給与を受けている。従つて操船に従事するものたると工事に従事するものたるとを問わず、朝鮮海峡における工事についても、その作業内容自体は通常の工事と何等違いはない。従つて通常いわれる意味の労働条件は定つているのである。すなわち、各人の作業そのものを規制する労働条件及び各人の給与は定められていて変りがない。また出航に伴う旅費についても旅費規程の定めにより日額旅費(航海日当、食卓料)が当然支給される。本件で問題となつている危険海面手当にしても、掃海未了の海域である限り、朝鮮海峡に限らず支給される。このように見てくると被控訴人らのいう前示「特別な労働条件」なるものは、通常の基本的労働条件に対する所謂プラスアルフアの意味合いのであり、本来のそれに比すれば、全く従的、第二義的なものといつて妨げなく、このプラスアルフアが組合側のもち出した要求にほかならない。しかしてこのような第二義的な要求について妥結しない限り、朝鮮海峡出航に伴う労働条件は定つておらず、出航に従事することは労働契約の内容とならない、と主張するが如きは甚しい論理の飛躍である。
公社発足以来本件に至るまで公社の布設船が日韓間海底線第二ルート第三区間に赴いたことは(1)昭和二八年三月の千代田丸、(2)昭和二九年一月の釣島丸、(3)同年四月の千代田丸、(4)昭和三〇年五月の千代田丸の四回で(1)は朝鮮動乱中という特殊事情下の出航で人事院通達(日本、朝鮮間の輸送のため又は対馬、朝鮮間の海底線の布設若しくは修理のため船舶に乗り組む職員に対する特別の特殊勤務手当)とほぼ同一の内容の手当を給与規程第二〇条の五に基づく特別手当(特殊作業手当支給細則)として実施した。当時、組合側から団交申入があつて交渉の行われた事実はあるが、具体的に実施されたもの(乙第三三号証の別紙六)は電通省時代の前示人事院通達を踏襲したものにすぎず、また動乱中の措置として組合から云われるまでもなく護衛の措置をとつたものである。従つて団交により措置がとられたのではなく公社の右措置を組合側が確めたものである。勿論出航予定日に出航している。(2)の場合は動乱は終結し、前記動乱中の特別手当支給の規定上の根拠がなくなつた右(1)の千代田丸の出航に際し前記特別手当が支給されたのに比べて動乱の終結という事情の変化はあるにせよ、なお給与の不均衡という点を考慮して危険海面手当と超過勤務手当五〇時間分を支給したのに対し組合側が之を諒承したものである。(3)は職場交渉で超過勤務手当四〇時間分で即日話がついている。(4)は同様三〇時間分で話がついている。これは専ら、動乱中の諸手当によつて良い思いをした布設船乗務員の動乱終結による危険性の消滅という事情の変化にも拘らず捨て切れないプラスアルフアヘの期待と、工事の緊急性からその円滑迅速を期待する当局者の態度との産物であり、それが超過勤務手当の言わば水増しという不自然な形となつたまでであり、又右の場合護衛の問題と、壮行会費が団交の対象となつたが、これも動乱中の惰性として続けられたものにすぎない。しかもこれ等は出航予定日前妥結しているが妥結したから出航したものではなく、仮に妥結を見なくとも予定日の出航は労使とも当然のこととしていたのである。
以上のように見てくると、過去の実例を云々して、千代田丸乗組員の労働契約と関連づけんとすることの無理である所以が明らかである。そもそも労働契約の内容を「限定」する要素として過去の実例を論ずること自体問題があるが、そのような意味のあるものは、積極的な事実であつてはじめて価値があるのであり、本件についていえば、団交妥結まで出航を延期させたという事例があればともかく、前述したような、単に、団交出航予定日に妥結したというような消極的事実は、それが重つたところでもともと特別の意味はない。強いては前記団交を団交における妥結の積みかさねとなし、それから何等かの意味を引き出そうとするならば、むしろ、三十時間の超勤と危険海面手当と壮行会費とで従来どおり出航に応ずべき労働契約上の義務があるものとこそいうべきであろう。
第二、以上によつて明らかなとおり本件解雇処分は適法であると信ずるが、仮に瑕疵ありとするも、公共企業体の職員の身分関係は公法関係であり、解雇は行政処分と解すべきであるところ、それは取消事由に過ぎない(出訴期間も徒過している)からこれが無効を前提とする本訴請求は失当である。すなわち、
控訴人公社は従来純然たる国家行政機関によつて運営されてきた公衆電気通信事業を国から引き継いで、この事業の合理的で能率的な経営の体制を確立し、公衆電気通信設備の整備及び拡充を促進し並びに電気通信による国民の利便を確保することによつて公共の福祉を増進するという国家目的を与えられ、国家の意思に基づいて設立された公法上の法人である。
公社法が公社の資本金を全額政府の出資としていること、(同法第五条)郵政大臣の監督を受け(第七五条)、その業務運営は、両議院の同意を得て内閣が任命する経営委員会の指導統制に服し(第九条以下)、その総裁及び副総裁は経営委員の同意を得て内閣が任命し(第二条)、その予算については郵政大臣及び大蔵大臣の検討、調整を経て国会に提出され、国会の議決を必要とし、(第四一条第四八条)、その会計は会計検査院の検査を受け(第七三条)その業務実施状況に関し、行政管理庁の調査を受けることとされ、不動産登記法、土地収用法、著作権法、船舶法、地方自治法、行政事件訴訟特例法、国の利害に関係のある訴訟についての法務大臣の権限に関する法律等その他、多数の関係法令において公社を国の行政機関とみなしてこれ等関係法令を準用するものとされ(第八五条日本電信電話公社関係法令準用令)ている。これ等のことは公社運営については政府が国民の代表者たる国会に対してその究極的な責任を負うことを規定するものであつて、公共企業体なるものが国営事業の公共性と企業性という相反する目的を調和させ能率的に運営するために考え出された国家経済行政組織の一型態であり、行政法学上の営造物法人の実質を有するものであることを示している。
他方、公社職員は「全力を挙げてその職務の遂行に専念しなければならない。」と規定されている(公社法第三四条二項)のも、公社事業運営の究極的な支配者が国民であるという基盤にたつものである。従つて公社職員も国民全体に対する奉仕者として、国の企業に従事するものであつて、その服務関係は国家公務員法によつて規律される一般公務員の服務関係とその本質においてなんら異なるところはない。公共企業体の職員については、公共企業体等労働関係法第一七条で一切の争議行為を禁じられていることは既に述べたところであるが、これは、窮極的にいえば、公社職員の使用者が終局のところ、国民であるということが理由である。控訴人はここに国家公務員と同様に公社職員の勤務関係が特別権力関係にあるものと解する根拠があると信ずる。
公共企業体の法律関係がすべて公法関係でないこと勿論であるが、概していえば、公社の組織法的関係は公法関係であり、公社職員の身分関係および服務関係の相当部分が右にいう組織法的関係に属することはいうまでもない。
以上の次第であるから、公社における職員に対する解雇処分が特別権力関係に基づく行政監督の作用、すなわち行政処分であることは動かし難いものと信ずる。従つて該処分に重大かつ明白な瑕疵のある場合を除いて処分が無効ということはあり事ない。本件解雇処分は、前記のとおり被控訴人らが千代田丸乗組員に対し、日韓ケーブル修理のための出航命令を拒否することをそそのかしあおつたことを理由とするものである。しかるに、右拒否が適法か否かは作業の危険性その他諸般の事由を総合して判断すべき事柄であるところ、その結論が右拒否を正当化するものであり得ないことは控訴人のこれまでの主張立証により明らかであり、その適否の判断には右危険性の存否等出航命令に対する相対的評価を伴うことを避け難く、従つて仮りに百歩を譲り、この点についての評価を誤つたとしても、これによつて解雇処分が重大かつ一見明瞭な瑕疵を帯び当然無効なものであることは解し得ないからである。
被控訴人等代理人は、つぎのとおり述べた。
一、当審において新たに拡張した請求の原因について、
被控訴人らは昭和三二年一月三一日まで前記のとおり全国電気通信労働組合の業務に専従する役員であつたところ、同年二月一日から控訴人の職務に服することになりその労務を提供した(但し阿部徳寧は昭和三四年八月二九日に死亡し公社を退職するまで)にもかかわらず、控訴人は同年二月分より昭和三四年九月分(但し阿部については八月分)に至る別紙各人別給与支給額計算調書記載の賃金(基本給、扶養手当、勤務手当、特別手当)を支払わず、かつ右阿部死亡による国家公務員等退職手当法第四条に基づく退職手当金九四万一、〇五〇円の支払をなさい。
なお、被控訴人阿部徳寧の右死亡によりその妻阿部ミサヲ、長女同澄子、二女同公子、長男同英雄、三女同正子、四女同敏子、五女同ゆき子が相続により同被控訴人の権利を承継した。
よつて被控訴人山本、同野崎、竝びに被控訴人亡阿部の右承継人等は控訴人に対し前記請求の趣旨拡張申立のとおりの金員の支払を併せ求める。
二、控訴人は、公社と千代田丸乗組員(工事隊員を含む)との労働契約の内容を限定するものとして、(1)公社法との関係、(2)労働協約との関係(3)給与準則、就業規則との関係、(4)船員法との関係を論じている。被控訴人等もまた控訴人の論ずる右の諸点が公社と千代田丸乗組員との労働契約の内容を一般的に限定する重要な資料であることは争わない。然しながら本件において労働契約が問題となり得るのは、本件発航命令に応ずることが千代田丸乗組員の労働契約の内容にとりいれられていたか、どうかという一点にある。
(1) 公社法との関係、
公社法上千代田丸乗員が一般に海底線の建設、保全竝びにそのための船舶運行をその職務とし、またそれらの職務に服すべき義務を負うことに何らの争いもない。併しこの職務内容竝びに職務に関する一般論から直ちに日韓ケーブル修理作業を目的とする本件発航命令に応ずべき特殊な義務を導き出すことができるとは考えられない。
(2) 労働協約との関係
労働協約との関係についても(1)に指摘したことはそのまま妥当する。すなわち控訴人がいう「右の各協定は、公社法、職制、分課規程を前提として締結されているものであるから、本件工事地点を含む日韓間海底線修理のための工事航海に従事すべき職務を有する職員の賃金を協定しているものと解すべきである。」となすを得ない。
控訴人は、その主張する諸協定の締結前において既に日韓間海底線修理工事が行われていた事実からして、本件修理工事に従事することを当然の前提として諸協定が締結されている旨を主張する。然しながら、それならば、これらの諸協定にもかかわらず、日韓間海底線修理のための発航の度毎に団体交渉が行われ、その都度労働条件についての合意に到達した後に発航していた過去の諸事例を如何に理解しようとするのであろうか。しかも朝鮮海峡以外の海域への発航について、ただの一度も労働条件確定のための団体交渉が行われた事実のないことを如何に理解しようとするのであろうか。これこそまさに控訴人の主張する諸協定が如何なる作業を前提として締結されたものであるかを如実に示しているのである。
(3) 給与準則、就業規則との関係
これとの関係についても同様である。控訴人も自認するとおり「公社の諸規則中には特に、本件工事地点を含む日韓間海底線修理のための給与、旅費として特に明記した規程を設けていない」のである。ただこの規程を設けなかつたことは、本件工事に従事することが、千代田丸乗組員の職務に属することを、控訴人は、「当然の前提」としているためである、と主張しているが、果して「当然の前提」としているかが争われているのである。むしろ控訴人の主張する旅費の増減につきその調整をなし得る余地が規程されてあり(旅費規定第六六条)、この調整権の発動の結果によつて始めて特定の支給額が決定されたということは、未だ規定上、労働条件が定つていなかつたことをこそ意味すれ、その作業が千代田丸乗組員の当然の義務であつたとはいいえないことは明らかである。
(4) 船員法との関係
控訴人は、本件当時船員名簿に航行区域として「沿海区域」の記載のあることから沿海区域の全域に航行することが傭入契約の内容になつているものと主張するがこの記載は沿海区域の外に出ることが傭入契約の内容に入らない、という消極的限定を意味するに止まるのであつて、沿海区域ならばどのような場所にも行かねばならぬ義務を乗組員に創設するものではない。従つてこの記載の内容も本件出航命令に応ずる契約上の義務があるとなすことには無益である。
三、本件作業の危険性について、
本件出航前後を通じて千代田丸の朝鮮海域における修理作業に危険性が現実に存在した諸事実は、さきに原審において述べたところであるが、更に本件のように李ライン内深く入り韓国領土より五、四浬の地点における作業が千代田丸の本来の職務である日本本土沿岸のケーブル作業に比して著しく特殊かつ危険であるとは、つぎの諸事情によつて明らかである。
1、日韓両国間に正常な外交関係が存在しないこと。
日本は平和条約により朝鮮の独立を認めたが、その後韓国との間に国交を開始すべき如何なる条約も存在していない。ただ今日韓国在日代表部として外交機関に準ずる機関があるがこれとて正規の外交機関でなく、反対に韓国には之に類する機関の設置をもみとめられていない。このように日韓間特に韓国においては日本国家及び国民の権益を代表し、これを守るための何等の取りきめも、またその機関もないのであるから韓国又はその人民によつて、日本の実力支配の及ばない区域で日本国民の生命、身体、財産が危害を受け、又はうける虞れのあるときでもこれに対し有効適切な予防、中止、補償等の措置をとることはできない。
従つてこのようなわが国の実力支配の及ばない地域である李ラインに入ることは国民として国家の有効な保護がえられず、それを期待し得ないことになるのであるから、極めて冒険であるといわざるを得ない。
のみならず両国間には正規なる通商航海条約が存しないから、日本は韓国に対し自由安全な通商を要求する法的根拠がないし、又現に何らの補償も得られていない。これは李ライン内の水域を航行する場合、重大な不安を生ぜしめることになる。すなわち法的な保障のないところには、赤裸々な実力が支配するからである。
2、李ラインの性格よりする危険性、
昭和二七年一月一八日李承晩大統領により一方的に宣言せられたいわゆる李ラインは、韓国はこれを「平和線」と呼び、韓国の国防のため更に天然資源を排他的に確保するために存するものであること、そしてこの「平和線」を犯した場合、「海洋侵犯取締令」および「漁業資源保護法」に違反するとして実刑を科し、刑期満了後も送還を拒否する現状であることは公知の事実である。
李ライン侵犯で拿捕、砲撃を受けた船は、漁船が最も多いことは事実であるが、必ずしもこれに限らない。それは右に述べた李ラインの国家国防保安という特殊な目的からも由来するのであつて、現に生じた昭和三三年四月二八日の千代田丸砲撃事件は別としても従来再三にわたり公船たる水産庁の監視船、海上安保庁の巡視船が拿捕、砲撃されている事実がある。このことはわが国特に船舶(漁船のみに限定できない)の権益を無視し、わが国の国家保護を実力を以て排除せんとする傾向の端的な現われであり、まさしく全日本船舶に対して生じた脅威といわねばならぬ。
更に昭和三〇年一一月一七日韓国連合参謀本部は「平和線を守護することはわれわれの義務であるから、われわれは日本船舶がたとえ日本の軍艦の保護のもとにでも平和線を引続き侵犯した場合、自由陣営を守るためやむを得ず発砲するであろうし、必要によつてはこれを撃沈するであろう」(甲第三五号証参照)の趣旨のいわゆる撃沈声明を発した。このような声明およびこれに関する色々な報道は、そこに現われた韓国の真意は別としてもわが国民に重大なシヨツクを与えた。まして直接被害を受けること最も多い西日本、特に九州一帯の国民がいかに危倶したかは容易に察せられる。
本件千代田丸の修理命令は右撃沈声明に引続く韓国の強硬態度、相次ぐ日本漁船の拿捕砲撃の最中であり、まさに日韓関係風雲急を告げるときになされたのである。千代田丸はその当時過去に数回合意の上で日韓ケーブル修理作業を行つた経験はあるが、韓国の撃沈声明以来、本件の修理命令は最初のものであつた。乗組員はもとより、公社と雖も、当時非常に不安を感じたことは事実である。さらばこそ正式の作業命令を発するに先立ち、海底線事務所長より千代田丸の護衛要請が行われ、総裁以下全員異議なく米極東軍司令部に対し海軍艦艇および飛行機による直接防衛方を依頼することを決している。今に至つて危険は漁船のみで千代田丸は絶対危険がないとの控訴人の主張が事実にも反し、また如何に自らのとつた行動とも矛盾するものであるかは明白である。
3、控訴人の主張によれば、朝鮮海域の危険性は、団体交渉(以下団交と略称する)の対象となつておらず、労使双方の意識にも上らなかつた事項であるといい、この点を中心に論点をすすめているが、右は事実に反する。
本件紛争および団交は、千代田丸分会からの危険性の強い指摘によつて始つた。このことは、団交開始の発端である千代田丸分会の海底線施設事務所長宛の要求書前文の記載(甲第一号証参照)によつて明白である。そしてその後の支部団交の席上でも、組合側は、朝鮮海域が危険である趣旨の発言をしているし、作業の危険との関連において、手当の要求がなされている。控訴人は被控訴人の出した斗争連絡六号の文言をとらえ、「危険」と書いてないと主張しているが、右に述べた一連の経過をみればここに「外国における工事」とは朝鮮領海という危険な外国における工事」の趣旨であることは何人にも明らかなことであろう。
控訴人が、右の明白な事実にもかかわらず敢て「団交の議題でなかつた」という所以は護衛問題については海底線施設事務所長と、海底線連絡協議会との団交の段階で確認事項が成立したが、危険海面手当、外国旅費の点で一致をみないので団交が上移されてきたことから、こと更両者を分離して「危険」は意識されていなかつたというのであろう。しかし本件団交の議題は分会の要求書にあるように、あくまで、朝鮮海域での作業をするか否か、するとすればどのような条件ですか、ということなのである。分会でなされた四項目の要求は朝鮮海域での作業という「一つの目的」のための条件であり、相互別個独立の目的をもつものではない。ただ団交の能率からいつて、下位の団交で労使の意見の一致したことを、上位の団交でもう一度議論するのは不必要であるから議題を対立点に集約して団交したに過ぎないのである。
四、過去の実例と千代田丸乗組員の労働契約
過去の実例をみると必ず団交は行われていた。もとよりその都度の交渉によつて条件がきまるのであるから、その内容は一定しない。その時々の朝鮮海峡をめぐる危険性の変化を中心にしながら、その工事地点によつても異り、またその時の労使関係によつても左右された。
そこで、本件と共通する第三区間の工事を中心として先例にふれてみるに、
(1) 昭和二五年九月二三日出航、千代田丸。この時は控訴人の援用する「政府職員の特殊勤務手当に関する政令第九九条第二項の規定に基づく特殊勤務手当の支給について」(人事院通知)による危険区域手当などの他に支度料の形で給料の一ケ月分諸手当二〇割、或は三〇割、上陸した者に外国旅費などが支給されたのである。これら規程を上廻る給与の支払は、いうまでもなく交渉の結果である。
(2) 昭和二八年三月一日出航、千代田丸。組合は危険を伴う朝鮮海域の工事従事は、その安全を保障されない限り納得できない、として安全措置と特別手当を要求し、団交において組合の要求をきいた後に手当につき、前記人事院通知に基づくと同様の支給がなされた他、壮行会費及び一名宛一万円が支給された。
(3) 昭和二九年一月二五日出航、釣島丸。このときも交渉の結果、特別の給与としては危険海面手当と超過勤務五〇時間分の加給と、護衛艦の護衛措置によつて妥結している。これは控訴人主張の如く千代田丸との均衡を保つためでなく、停戦によつて船員のその海域に対する危険感がたちどころに一掃される筈はないし、また韓国による日本漁船の拿捕は続いており客観的危険性は依然として去つていなかつたためである。
(4) 昭和二九年四月一五日出航、千代田丸。このときも交渉が行われ、護衛の措置、危険海面手当、超過勤務手当四〇時間分で妥結している。超勤手当が前回より減額されたのは、危険感の漸減に応じたものであるから危険な作業に対応する加給分として意識されていることが明瞭によみとれる。
(5) 昭和三〇年五月一五日出航、千代田丸。交渉した結果は前同様であるがただ超勤手当が減じ之を三〇時間分として妥結している。
右の五つの例を綜合するならば、控訴人の主張に反して原判決の認定に誤りないことが明瞭である。組合が千代田丸の乗組員の安全とその労働条件を守るために交渉を行い、その結果として妥結した条件に従つて就労したという右の事実は、朝鮮海峡への出航があくまで乗組員の加わる労働組合の、その労働条件等に関する合意なくして強行することのできない性質のものであつたことを如実に示しているものというべきである。
証拠関係(省略)
理由
被控訴人等が公共企業体である控訴人公社に雇用されていたこと、昭和三一年五月四日控訴人より公共企業体等関係労働法(以下公労法と称す)第一七条違反を理由として解雇の意思表示を受けたこと、被控訴人阿部徳寧が昭和三四年八月二八日死亡し、同人の妻阿部ミサヲ及び阿部澄子以下六名の子がその相続分に応じその遺産を相続し、訴訟承継人として本訴を承継したことは当事者間に争がない。
昭和三一年二月二〇日本件日韓間海底線に障害が発生してから同年三月六日千代田丸が長崎を出港し修理に赴くに至るその間の紛争の経緯については原判決理由において認定したとおりであるから当裁判所もこの説示の記載(原判決理由中第二、千代田丸不発航の経緯一ないし九の部分に限る。四に該当部分はなお後記参照)を引用する。
控訴人は、右経緯によつて明らかなように、全電通本社支部はその下部組織である千代田丸分会に対し三月四日斗争連絡第六号、更に同月五日斗争連絡第八号を以て公社の業務である本件海底線修理工事に赴くべき千代田丸に対し「発航の命令に応ずるな」という争議行為の指令をなし、この指令によつて千代田丸分員である同船乗組員は三月五日午後四時三五分船長からの「スタンバイ」(出港準備)がかつたにも拘らず所定の位置につかず、そのため遂に同日出航を不可能ならしめたものであつて、千代田丸分会員等の右行為は支部の指令に従い出航に要する労務の提供を拒否し、公社業務の正常なる運営を阻害したものであつてそれが争議行為であるとなし、原審原告等三名は共謀して右争議行為をあおり、そそのかしたものとして公労法第一七条に違反したと主張する。之に対し、被控訴人等は、公社の千代田丸乗組員に対する出航命令は違法であつてこれに従わないことを指示したとしても公労法第一七条に違反するものでないと反論し、その違法の理由を例挙する。
そこで右出航命令が違法であるか否か以下これに関する争点につき順次検討することにする。
一、本件海底線修理工事と公社の業務
被控訴人等は本件海底線修理工事は公社の業務に属さないから千代田丸乗組員の労働契約の内容をなすものではない。従つて乗組員は出航に応ずる義務はなく、また出航命令を拒否しても公社の正常なる業務の運営を阻害したことにはならない、と主張する。
(一) 控訴人公社の業務の範囲は日本電信電話公社法(以下公社法と称す)第三条に規定されている。同条によれば公衆電気通信業務すなわち電気通信設備(電気通信を行うための機械、器具、線路その他の電気設備)を用いて他人の通信を媒介し、その他電気通信設備を他人の通信に供することを内容とする業務(公衆電気通信法第二条参照)が公社の業務に属することになつている。この場合業務を行う地域、相手方についてはなんの制限もないのであるから外国でも差支えないわけである。従つて日韓間海底線を使用して専用線サービスを米軍に提供することは右にいう公衆電気通信業務であることは疑ない。(これが被控訴人主張の国際公衆電気通信業務でないことについては更に後述する。)
ところで(証拠―省略)とを総合すれば、公社が在日米軍との間で本件日韓間海底ケーブル専用線契約を締結するに至つた経緯竝びに契約の態様はつぎの通りであることが認められる。すなわち、
日韓間海底線は我が国の布設に係り我が国の所有であつたが、終戦後は占領軍最高司令部の通信命令により占領軍に対し専用線サービスとして提供してきたが、昭和二七年四月二八日平和条約発効後は駐留軍たる在日米軍は「行政協定第七条」および之に基づく「日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基づく行政協定を補足する電気通信、電波に関する合意」とによつて日本国政府において管理、規制している公共の役務を優先的に利用する権利を有することとなり、そして電気通信、電波の業務の範囲、程度、基準及び米軍が支払うべき料金は公社と合衆国政府との間の直接交渉により具体的に取極められることとなつた。また他方国連軍たる在日米軍の地位も「国連協定」(日本における国際連合の軍隊の地位に関する協定)により右に述べたと同様行政協定によることとしたので駐留軍と共に国連軍に対しても専用線サービスを義務づけられている。そこで公社としてはこのサービス提供による米軍との契約を国連軍と駐留軍とに分けて別個に締結する煩を避け一個の契約のうちに包含せしめることとなし、以上に基づいて現在公社と在日米軍とは「電気通信サービス基本契約」(乙第七号証)その他の契約を締結しているのである。
そこで本件で問題となつている日韓間海底ケーブル専用線サービスを利用している在日米軍は国連軍たる性格において利用しているものであるが、この国連軍サービスである専用線契約は右の電気通信サービス基本契約中に規定してあることになる。併し海底線の障害修理に要する料金については直接この基本契約中には定めずその都度別個に算定して取り決めることとした。これは海底線の特殊性からその障害修理につき予め予測しておくことが困難であるからである。
以上によつて明らかなように公社が米国政府との電気通信サービス基本契約に基づいてなしている本件海底線修理工事を含む電気通信役務の提供は公社法第三条第一項にいう「公衆電気通信業務」として公社の業務に属するものといわねばならない。
(二) 被控訴人等は、わが国は前記日韓海底ケーブルを使用する専用線契約の基礎となる当該ケーブル中韓国寄り北半分の所有権を対日平和条約第四条C項(日本国とこの条約に従つて日本国の支配から除かれる領域とを結ぶ日本所有の海底電線は、二等分され、日本国は、日本の終点施設及びこれに連なる電線の半分を保有し、分離される領域は、残りの電線及びその終点施設を保有する)の規定によつて、抛棄したから、この抛棄した部分(本件修理工事の個所はこの部分に属する)の海底線の修理工事は公社の業務でない、と主張する。
ところで平和条約の右条項の趣旨を如何ように解するかは議論の岐れるところであろうが、少くとも公社の電気通信業務であるためには、その業務竝に施設の性質上、当該電気通信設備(海底ケーブル)の全部について常に公社自ら法律上管理権、所有権を有するものでなければならぬという如く制限的に解すべき理由はない。(公衆電気通信法第一〇五条参照。)(証拠―省略)によれば公社当局としては右条約の条項の趣旨をケーブルの帰属についての基本的観念をうたつたものであると理解し、将来においてこの所有権の帰属に関し日韓両国政府間に具体的取決めができるまでは韓国は単に潜在的所有権を保有するに止り、現実的な所有権及び管理権は依然として日本国ひいては公社に帰属しているが、右韓国に帰属すべき部分は平和条約の発効の前後を通じアメリカ合衆国政府にも管理権があるとの事実関係に基づき、前示行政協定によつて我国の負担する義務を実現するために前示の如く日韓海底ケーブル専用線契約(電気通信サービス基本契約)を締結したものである。(なお、被控訴人主張の如き説をとる立場もあることをおそれ、かつは韓国との将来の紛議を避けるため、これに対する措置として、契約当事者である公社、合衆国政府間においてこの所有権の喪失から生ずべき問題はすべて米国政府が韓国政府と交渉して解決すること、当該ケーブルの所有権が具体的に協定された場合は韓国の財産と決定した部分に対する料金は米軍に返還する等の覚書等でこの間の事情を明確にしている。)ことが窺われる。そして此の契約の内容として公社の負担する海底ケーブル修繕の如きは公社設立の時(昭和二七年八月一日)本来公社が国から承継した業務内容に属していたものであるから平和条約第四条C項により仮に完全に本件海底電線の半分の所有権が韓国に移転したと仮定するも、前記の如く「安全保障条約」、「行政協定」及び之に基く「合意」「契約」等が米国との間に為された以上、本件修理が、その法的基礎から謂うも又仕事の内容、沿革から言うも、公社の業務に属することは極めて明らかである。従つて此に関する被控訴人等の主張は肯認することが出来ない。
(三) 更に被控訴人等は、日韓両国間を結ぶ海底線を利用して専用線サービスを提供することは、国際公衆電気通信業務というべきであるから国際電信電話株式会社(以下会社と称す)の業務に属し、公社の業務ではない、と主張する。
そこでここに所謂国際公衆電気通信業務とは如何なるものをさすかについて検討する。この概念は単に思惟的に定めらるべきではなく、実定法上如何に定つているか、又、実際上如何に観念せられているかによつて定むべきである。国際電気通信条約によれば、その主体が国際電気通信連合に加盟を許された主管庁または私企業であつて、かつ国際電気通信設備及び通信路の設置運用及び保護に関し有用な措置(サービスの範囲及び基準、料金額及びその取分、伝送方法、使用周波数、交換上の使用国語、障害修理に関する合意)をとり、またその業務内容が「国際電気通信条約第三附属書」に定めるものであることの要件に該当するものでなければならない。従つて国際電気通信業務であるためにはその回線の末端に属する両当事国ないし各その許可を得て電気通信事業を営む事業者間における業務構成(料金その他の取扱方法を含む)に関する合意によるものであることを要し、この要件を欠くときは国際電信電話会社法に定める国際公衆電気通信事業ではあり得ない。本件海底線は日韓両国間にまたがる線条ではあるが、両国相互の合意に基づいて回線が作成されたものでもなく、また両国相互の合意によつて米軍に貸与されたものでもなく、あくまで公社と米国政府との間のわが国内法上の契約によるものであることは前記説示のとおりであるから、かように両当事国又は事業者相互間の合意を欠くものが、公衆電気通信の事業であり得ても国際公衆電気通信事業ではない。
右の結論は公社の監督官庁たる郵政当局も之を是認しておることは、成立に争ない乙第五六号証の一、二によつて認められ、また原審証人(省略)の供述によれば、昭和二八年四月会社が公社と分離発足に際し、会社の業務分担を定め、日韓間海底線を利用してなしている米軍への役務の提供は国際公衆電気通信業務でないとして会社の業務から除外し従来どおり之を公社の業務として営んできたことが認められるが、斯る実情に照しても被控訴人等の見解は誤りで右主張は採用し難い。
結局上記(一)(二)(三)の点から之を要約するに本件海底線が専ら公衆電気通信役務を提供するための電気通信設備であり、公社が之を運用管理して米軍のため電気通信役務を提供しているのであるから、この設備に障害を生じたとき遅滞なく之を修理し、基本契約上の義務たる通信役務の提供に支障を生ぜしめないよう措置することは、公社として当然の業務であるというべきであるから本件海底線修理工事が公社の業務に属しないとする被控訴人等の主張は理由がない。
二、本件海底線修理工事と千代田丸乗組員の労働契約
本件業務命令が違法である第二点として、被控訴人等は、本件工事に赴くことが千代田丸乗組員の労働契約上の義務でないからであると主張する。
一般に個々の労働者にとつての労働契約上の義務の範囲は個々の分担を定めて雇傭される場合を除き労働協約、就業規則等の規定によつて判断すべきであるが、本件千代田丸の乗組員は船舶所有者たる公社との間に船員法による雇入契約関係に立つとともに、純然たる私企業と異なる公社の職員たる資格を有するものであるから、その契約上の義務の範囲、内容については船員法、公社法及びこれに附属する法令、公社内部の規則等をも参酌することを要する。
千代田丸乗組員は公社の職員である。公社の職員は、公社法によれば、「その職務を遂行するについて誠実に法令及び公社が定める業務上の規定に従う」と共に「全力を挙げてその職務の遂行に専念しなければならない」と規定している。更に公社法は、その業務を遂行するため、「職制」昭和二七年一〇月二八日公社公示第七九号(乙第四三号証)、「本社等分課規程」昭和二七年一〇月三一日総裁達第五四号(乙第四四号証)等の規定を定めている。これによれば海底線関係のみについてみるに「海底線の建設、保全及び取替工事の設計及び実施並びに布設船の建造、改修、管理及び運行並びにこれ等に附帯する業務に関することを行う」機関として東京都に海底線施設事務所をおき、この事務所には所属布設船及び工事隊がおかれ、夫々の業務について、工事隊においては「海底線施設事務所の定めた工事実施計画」に基づき海底線の建設及び保全の工事又は委託されたこれ等の工事を実施する」こと、布設船においては「右の工事を実施するため海事法令に基づき船舶を運航する」ことと定められている。そして千代田丸は海底線施設事務所に所属している海底線布設船であり、その乗組員は船内の配置における具体的職務を担当していることは当事者間に争がない。
而して本件海底線の修理工事が公社の業務の範囲に属していることは前記一、において認定したところであるが、なお念のためこの点について述べれば、平和条約の発効は昭和二七年四月二八日であり、所謂安全保障条約、同条約第三条に基づく行政協定、同協定等の実施に伴う公衆電気通信法等の特例に関する法律等は何れも右平和条約と同時に施行されたものであり、また右行政協定を補足する電気通信電波に関する合意がアメリカ合衆国との間に成立したのは同年七月一六日であり、また国連軍隊の地位に関する協定(昭和二九年六月一一日発効)に先立つ吉田、アチソンの協定の成立は昭和二六年九月八日であり、控訴人公社が設立され本件海底線修理工事の義務を含む業務を国ないし電気通信省から承継して発足したのは同二七年八月一日である。そして前記「電気通信サービス基本契約」が公社とアメリカ合衆国との間に効力を生じたのは昭和二八年一〇月一日であるが、右基本契約は占領当時からの役務負担、前記各条約、協定、合意等を経て公社がその発足の当初から本件海底線の修理工事義務を負担することの前提に立ち従来の契約を改めたものである(この点は(証拠―省略)並に前示条約、協定、合意等によつて明らかである)。従つて公社はその発足当初から本件海底線修理工事をその業務の範囲としたもので公社法第三条に規定する業務及び公社の職制並びに分課規程にいう海底線のうちには本件海底線も当然に含まれているものと解すべきである。
しかして本件千代田丸が公社の所有に属し公社のため海底ケーブルの布設、保全等の業務に従つていたものであることは当事者間に争なく(証拠―省略)を総合すれば千代田丸の進水(昭和二三年七月)以来の航行区域又は従業制限は近海区域又は沿海区域でその主たる行動海域は九州南部、同北部海面、日本海等であつて、以上の範囲内に於ては特に工事区域に拘束なく、固定した受持区域なるものがなく命令により出航して業務に従事していたこと、本件修理現場は右航行区域、行動海域の中に位置していることを認め得るから、以上を総合すれば本件海底線修理に従事すべきことは千代田丸の、従つて同船に配置された職員の労働契約上の義務であると認むべきである。
そして(1)日本電信電話公社法施行法第二条一項によれば、公社法施行(昭和二七年八月一日)の際現に電気通信省の職員である者は、その時において当然公社の職員となる旨の規定があり、(2)また原審証人深見勇(千代田丸甲板員)道向清(同甲板員)沢田忠勝(同操舵手)神永政数(同乗組員)田代安市(同船長)当審証人原邦輔、田原不二三、五十嵐実の各供述によれば、同人等は何れも公社発足以前から千代田丸に乗組んでいた者か又は他の布設船に乗組んでいて公社発足後に千代田丸に乗組んだ者であることを認め得るから、本件事件当時の千代田丸職員の中古参者を含む相当数は前記施行法の規定によつて公社職員となつたものと推定することができる。(3)成立に争のない乙第五〇号証の一、二によれば、千代田丸の前示航行区域は海員名簿に記載されていることが認められるから、雇入された船員は、特別な事由のない限り、これを知つていたものと推定すべく(船員法三六条参照)、このことは雇入された船員に船員手帳が交付されるが(船員法五〇条)、右手帳には航行区域が記載されること(同法施行規則三九条、第一六号書式)からも同様である。(4)原審証人(省略)の供述によれば本件事故発生以前既に千代田丸は本件の場合と同じく所謂「李ライン」を越えた朝鮮沿岸近くにおける海底線修理に一回ならず出航従事している。(これらの出航が本来の労働契約の内容に属しない仕事を新たな協定に基いて、千代田丸職員が負担したものでないことは、更に後に説示するとおりである)ことが明らがである。以上(1)ないし(4)の事実と本件修理が前示認定の如く当初から公社の業務範囲に属している事実とを総合して考えれば、本件修理のための航行が千代田丸乗組員の労働契約上の義務を成していることは当時の千代田丸乗組員においてもこれを認めていたものと推認するに十分である。他に以上の認定を覆すに足る十分な証拠はない。
更にまた、その労働契約の内容たる労働条件特に給与、手当及び旅費等の基準を定めるものとして控訴人主張の労働協約「昭和二九年九月三〇日以降の日本電信電話公社職員の賃金体系に関する協定(乙第四七号証)新賃金体系への移行に伴う旅費支給基準の改正に関する覚書(乙第四九号証)」が締結され、右協定には勿論千代田丸乗組員等海事職に属するものにつき明細に協定していることについて弁論の全趣旨から当事者間に争ない。しかして右協定内容はそのまま公社職員給与規程(乙第三三号証)、職員等旅費規程(乙第三二号証)に織り込まれていること、更に手当及び旅費支給に関し若干の調整的規定が設けられており、これにより特殊の場合に対処し得るようになつていること、また右各協定は前記公社法、職制、分課規程を前提として、換言すれば本件工事地点を含む日韓間海底線修理のための工事航海に赴くことが布設船乗組員の職務であることを前提として締結されているものであるから、本件海底線修理のための出航に伴う給与旅費に関する規定についても協定があるものと解すべきである。従つて被控訴人等主張の本件工事に赴くことは千代田丸乗組員の労働契約上の義務でない旨の主張も亦肯認することを得ない。
三、本件海底線修理工事とその危険性
被控訴人等は、千代田丸乗組員が一般に海底線の建設保全並びにそのための船舶運行をその職務とし、またそれ等の職務に服すべき義務を負うていることを認めながらも、特に本件工事地点を含む日韓間海底線修理のための工事航海を職務内容から除外し、本件発航命令に応ずる義務はなかつたと主張し、その理由とするところを日韓間海底線工事に伴う特殊な危険性が本来定型化することができない性質のものであることに求め、それ故にこそ修理のための発航の度毎に団体交渉を締結してその都度新たな労働条件についての合意に到達した後に発航しているものであるとなし、過去の諸事実をあげている。
併しながら本件工事地点を含む日韓間海底線の修理工事実施が公社の業務であり、かつその工事のため出航することが千代田丸乗組員の労働契約上の義務であることはさきに認定したところであるから、被控訴人等の右主張が理由あるためには、本件工事が特殊の事情の加わつたことにより当該乗組員の生命身体が危険にさらされるおそれがある等特殊の環境の下における工事であること、しかもそのような危険性の存することにより当該勤務に就くことは社会通念上労働契約の内容に包含せしめてこれを強制すべきでないと考え得られる場合でなければならない。このような場合にこそ始めてその業務命令に違法性を帯びるからである。
(一)、そこで先づ右判断の対象となる、本件出航命令当時被控訴人主張の如き危険性が存していたか否かについて考察する。
本件工事地点は所謂李ラインの内側であり韓国領北兄弟島より五、四浬の地点であつたことは当事者間に争がない。被控訴人等は本件修理工事には日本側の努力を以てしても予防し得ない危険が伴うものと主張しその実例をあげている(原判決一三三丁表五行目から裏四行目まで)が、そのうち(a)の事実(昭和二五年八月の壱岐沖事件)及び(b)の事実(昭和二六年の厳南事件)はいずれも朝鮮動乱のただ中のことであるから、それより五、六年後で而も右動乱終結後の本件当時とは客観的情勢を異にし、従つてこれ等の事件を引用して本件当時迄継続して同様の客観的危険の存したとの論証とすることは相当でないと謂うべきであり、(c)の事件は本件の場合の出航後の出来事であるが、本件にあらわれた証拠によるも被控訴人の主張するが如く千代田丸として船体又はその乗組員の生命身体に対する危険性があつたものとは認め難く、当審における証人(省略)の各供述によれば右事件は千代田丸の工事中これに乗船して見学しようとする韓国電通関係者を乗せた韓国警備艇が千代田丸に接近してきたもので、このことはかねて打合せずみで予定していたものであつたところ、偶々事情を知らなかつた千代田丸乗組員等が恐怖感を抱いたものであることが窺われ得る。従つてこの事件は乗組員の生命身体等に対する現実客観的な脅威危険の事例には当らない。又(d)事件は原審証人(省略)によれば在韓米軍内部の連絡不十分から生じた高射砲射撃演習中の不発弾が附近海面に二、三発落下したという全くの偶発的事故であることが認められ而も本件出航の時をへだたること約二年後のことに属し、且つ韓国側の我が布設船に対する特殊事情から生じたものとは解せられずいはば、交通事故に類似する偶発的事故ともいうべきものであつて、右事故を以て本件当時或はそれ以前から引続いて本件工事が特殊危険な環境における工事であること乃至あつたことの例証となすを得ない。(成立に争のない甲第二八号証の一乃至一五(何れも右事件に関する新聞記事)、同第二九号証の一乃至三(同上)、同第三〇号証の二、五、(電報)の各記載及び同第三〇号証の六(同電報)の「砲撃、威赫射撃」第記載部分は前示(省略)の証言に徴すると多くは事実を誇張した記事か又は真相に合致しない記載及至は突嗟の混乱の間の主観的判断に任せて発せられた電報と認むべく又原審証人(省略)、当審証人(省略)の供述も前示(省略)の供述に照すときは多分に主観的で真実に合致しないものと謂うべきである。尤も右事実突発のため千代田丸は当日の工事を中止して帰航したことは明らかであるが、此は客解的な危険の存在のためよりも、寧ろ此の事件によつて不必要に混乱した乗組員の状態で工事を実施することによる摩擦を避けんとした公社の指示によるものであつたことは原審証人(省略)の供述によつて明らかであるから、右中止の事実によつて前示認定を左右することは出来ない)。(1)(証拠―省略)を総合すれば、当時日韓間には被控訴人主張のとおり通商航海条約は存しなかつたが、暫定海運協定に基づき両国間を毎月数隻ないしは十数隻の一般商船が李ラインを越え、釜山はもとより仁川、群山、木浦等までも往復していたが、昭和二八年八月以降同三三年四月まで一隻たりとも攻撃を受けたことのない事実、また朝鮮動乱中を除いては朝鮮海峡へ出航する場合、給与または手当の増額等特別の配慮がなされていない事実が認められる。すなわち、朝鮮海峡の就航は韓国との安全保障の確約が得られれば特別の危険性は存しないこと、また、修理工事をするという点を除いては、千代田丸乗組員と労務の内容においてさしたる相違のない一般商船乗組員についてみても、被控訴人の主張する朝鮮海峡という特殊な環境にもかかわらず他の環境におけると同様の労働条件で就労していることが明らかであり、(2)被控訴人等主張の所謂李ラインに関する朝鮮側の撃沈声明なるものが主として漁船を対象とするものであり所謂拿捕も主として漁船に対して行はれ之に附随して護衛のための監視船に対して為された例があるに過ぎないことは弁論の全趣旨により明らかであるところ、千代田丸が海底線の布設船として、その噸数、船型の何れからするも漁船乃至巡(監)視船等と見誤られる如きものでないことは成立に争のない乙第四号証の一乃至四(写真)及び前示乙第三号証の記載並に当審証人(省略)の供述により明らかである、(3)また海底電信線の布設又は修繕に従事する船舶が特別の信号を掲ぐべきこと、これを掲げて修繕に従事する船舶に対して他の船舶は一定の距離を遠ざかつてこれを妨害しないことは、我国の加入する海底電信線保護万国連合条約の規定するところで、一つの国際慣例となつているものであつて、茲条約に加入のない又我国と平和条約を締結していない韓国に対しても一応これを期待し得べく、(4)本件事件当時は既に所謂朝鮮動乱は終結して朝鮮内地又はその沿岸において戦闘行為の行はれていなかつたことは公知の事実に属すること、(5)また甲第一号証の記載及び本件弁論の全趣旨によれば、原審原告等が役員をしている全電通労働組合本社支部の上位組合である全電通労働組合本部は当時の原審原告等の堅持していた「団交が妥結しなければ出航拒否」の方針に反対であり昭和三一年三月六日指令十二号を以て原審原告等の前示支部に対して「三月四日千代田丸分会に与えた出航に応ずるなの闘争連絡を直ちに徹回し、千代田丸分会に船長の指示により直ちに作業に従事すべきこと」を連絡すべきことを命じ、被控訴人山本は同日一六時その旨を千代田丸分会に対して連絡命令したこと 千代田丸の職員は之に従つて同日出航したことを認めることが出来る。以上(1)乃至(5)の事実を総合すると本件当時に於て、千代田丸職員がその労働契約上の義務である本件修理を為すために修理現場に出航することを阻み、この義務の強制を許さない程度の危険が存在したものとは到底認め得ない。被控訴人等の提出援用に係る証拠を以てしても以上の認定を覆すに足りない。
しかし我国と韓国との間には正規の国交関係が成立せず又正規の通商航海条約の締結もなく、第二次大戦終了後の韓国(南鮮)政府の我国に対する態度は決して友好的とは言へず、また我が国の船舶が釜山等に於いて盗難其他好ましくない小紛争を経験した事例もあり、更に本件紛争の生じた前年の一一月一七日韓国側から所謂撃沈声明なるものが発せられ当時の新聞紙等の報道関係を賑はしたこと そして右声明は朝鮮近海に出漁する我国漁船を主たる対象とするものであつたにせよ、本件以前から引続いて漁船の拿捕、乗組員の抑留等が屡々行はれて来ており、之に対し千代田丸の定繋港たる長崎を含む北九州を中心としてその対策が叫ばれ我国の政治問題として論議されるに至つたことは本件全資料に照して明らかである。従つて此等事情を総合すれば朝鮮海域殊に本件の如く李ライン内に在つて朝鮮陸地に近い場所に於ける海底線修理については、他の行動区域に於ける作業に比して、少くとも一般的には気分的に好ましくないと感ずるか乃至はこれを相対的、主観的に或る程度の危険として感ずるのが自然であると謂うべく、本件全資料を検討すれば千代田丸乗組員も亦然りであつたことを認め得る(当時千代田丸乗組員が朝鮮海域に於ける作業を為すことを喜んでおり乃至同海域が「安全な危険区域」と称されていた趣旨の当審証人(省略)の供述部分は、当審証人(省略)の供述及び弁論の全趣旨に照らすときは千代田丸乗組員の一般に通ずるものとは認め難い)。そして相対的、主観的であるにせよ斯る危険感をその職員が持つ以上、その除去乃至緩和について組合がこれを公社との団体交渉の対象に為し得ることは言うまでもない。
(1)本件団体交渉の結果、公社は本件就航について外務省並に米極東陸軍司令部に対し当該修理に必要な安全措置方を依頼し之により外務省は在日韓国代表部を経て韓国政府に申入を為し、また米海軍艦艇により護衛することになつた(且つ事実上も護衛の艦艇がついた)ことは(証拠―省略)により明らかであり、且つこの点の措置については組合側も諒解していたのであるから、安全保障及び護衛の措置は一応得られたものと認むべく、これによつて少なくとも千代田丸の乗組員の危険感に対する対外的な保障は為されたものというべきである。
(2)そして(証拠―省略)を総合すれば、前示護衛等の措置について公社と組合側との間に了解がついたが、千代田丸分会乃至組合側は右措置のみではなお足らないとして、危険手当の外、日当、食卓料、支度料を含む外国旅費規定の適用を要求し、これを対象として全電通労組本社支部を代表する原審原告等と公社側との間に(昭和三一年)二月二四日から三月五日午後に至るまで前後六回の団体交渉が行われたこと、公社は三月二日夜に最後案として「(1)特別措置として、航海日当として職別、級別により一日一一五円乃至一九〇円(当時の公社の旅費規定別表第五号表(海事職)によれば、沿岸三マイル以上の場合は職別 級別により七五円乃至一二五円)、食卓料一日一七〇円均等前示旅費規定によれば一日一四〇円)、(2)特別措置として、(イ)作業手当支給細則第三条に基づく手当として李ラインを越えて作業するとき一日につき二五〇円(日本電信電話公社職員給与規定一五条、特殊作業手当支給細則三、四条(別表第一)十号によれば一時間三〇円以内、同十二号を適用して職員局長が定めた)、(ロ)特別手当として五、〇〇〇円(前示規定二〇条の五により特に総裁が定めた)を支給する」旨の案を示して承諾を求めたが、これに対し原審原告等組合側は本件修理現場への航行は外国旅行に当ることを強調し右最後案を拒絶したこと、原審原告等組合側が三月四日公社に対して提示した案(甲第四号証一四頁上段参照)は前示最後案を遙に上廻るものであり、また三月五日組合側は更に右四日の案より譲歩する案(甲第四号証中資料二六、同号証七八頁参照)を有する旨申入れたが、これも前示最後案と相当の隔りがあり 何れも公社の拒絶となり、茲に支部と公社との団体交渉が打切られたことを認めることが出来る。そして右に挙げた資料を含む本件資料の中には、原審原告等が所謂三役であつた全電通労組本社支部は右団交中本件出航を千代田丸乗組員の本来の「労働契約上の義務でない」外国旅行であると主張していた事実を認めさせるものもあるが、本件出航は既に認定した通り千代田丸乗組員の労働契約上の義務であるから、義務に属しないとしての主張の理由のないことは勿論である。また右主張が義務に属することを前提とし而し「外国旅行に当る」旨の主張であるとするならば、公社職員等旅費規定八条、三四条、五一条、五六条、五八条、六六条 別表第五表及び第八表等の規定及び千代田丸が公社の海底線布設船として前示の如き目的と行動範囲を有することとを併せ考えると、此の航行を以て職員等旅費規定八条に所謂「外国旅行」に当るとすることも亦失当と謂はざるを得ない。しかし前示援用の証拠によれば組合側が斯る主張を強硬に固執した真意は千代田丸乗組員が前段認定の危険感を抱いていたことも考え且つ後段認定の如く過去に於いて本件に近接した場所への出航修理の際特別な手当を得たので、その実質に見合う給与の獲得を目指したものとも推認することが出来る。そして前示援用の証拠並に本件弁論の全趣旨を総合すれば、公社側も組合の斯る真意を察知し組合と摩擦をさけ円満に合意に到達することを希望し且つ修理の緊急に即応するため 裁量的規定を可なりに活用して前記最終案に到達してこれを示したものと認めることが出来る。
以上の認定によれば前段認定の護衛措置と公社案に示された特別措置による給与(此が実際上支給されたことは成立に争のない乙第一九、三三号証の記載により明らかである)とによつて、千代田丸乗組員の相対的、主観的な危険感に対する保障の措置は講ぜられたものと認むべく、千代田丸職員の本件出航義務には何等消長を来たさなかつたと謂うべきである。
(二) 被控訴人は、本件の場合の如く李ライン内側における海底線修理工事は従来労使間の合意による特別な労働条件による新たな労務契約の締結を前提として就労してきたと主張する。
そこで本件修理工事と共通する第三区間の工事を中心として朝鮮動乱終結後(昭和二八年七月二七日以降)から本件に至る間の先例をみるに、
(1)昭和二九年一月の釣島丸の出航、(2)同年四月の千代田丸の出航、(3)昭和三〇年五月の千代田丸の出航の三回であり、(1)の場合は超過勤務手当五〇時間分(2)の場合は四〇時間分(3)の場合は三〇時間分と次第に逓減して支給されている他、共通のものとしては護衛の措置を講じたこと並びに危険海面手当と壮行会費が支給されたこと等であつて、しかもこれ等の労働条件についてはいずれも労使間の話合の上出航前に妥結していることは弁論の全趣旨から当事者間に争ない。
右の事実について考えるに(証拠―省略)を総合するに危険海面手当は浮流機雷の危険ある海域を対象として支給するもので朝鮮海峡のみならず日本海における海底線修理作業の大部分が支給の対象となるもので団体交渉の結果特別の配慮から支給されたものではなく、超過勤務手当、壮行会費は、昭和二五年朝鮮動乱が勃発してから終結まで危険を予想される動乱の下に朝鮮海峡に出航する場合特別の手当が支給されてきたのであるが、動乱終結により客観的危険性が消滅した結果全面的に斯る支給が打切られることを懸念した組合側は 終戦後の韓国と我が国との間の前示の如き事情により(但し所謂撃沈声明を除く)朝鮮海域への出航については海底線布設船乗組員がなお或る程度の相対的、主観的な危険感を払拭し得ないことを以て、なほ客観的に危険が存在するとの主張を執り、特別の安全措置と給与とを要求するに対し、公社側はその実体を認識しつつも海底線修理工事という緊急性の必要からその円滑迅速を期待すると共に組合との紛争を可及的に避けようとして、出航が労働契約上の義務であることを前提としつつ両者妥協して発航前に前示認定の如く手当支給の合意に到達したものであり、これを広く団体交渉によつて具体的な出航について新たな労働条件が合意されたとは言い得ようが、それ以上にその都度この合意を出航の条件とした事実乃至斯る合意の成立がなければ出航命令を出さず又は出し得ない旨の合意乃至は慣行が成立した事実は本件全証拠を参酌考慮しても之を認め難い。(なお朝鮮動乱終結前の本件と同区域(第二ルート、第三区域)における出航即ち昭和二五年九月から十月(公社成立前)にかけ、また昭和二八年三月に於ける千代田丸出航の際にも団体交渉があり、通常と異なる給与の支給されたことは(証拠―省略)によつてこれを認め得るが、これらの支給は朝鮮動乱の事実に鑑み人事院通達の定めにより又は給与規定二〇条の五によつて右通達と同一の支給をした関係に在つたことは成立に争のない乙第三二号証、三三号証、三五号証の記載によつて明らかで、前掲各書証並に各証人の供述に鑑みると必ずしも直ちに団体交渉の結果による支給とは言えないのであり、斯の如き動乱下に特別の給与なくして出航を命ずることは事実上有り得なかつたにしても 交渉妥結を出航の要件とする旨の合意が明確に為されたものとは認め難い。)
(中略)他に以上認定を覆して被控訴人等の主張事実を肯認するに足る証拠はない。
以上(一)(二)の認定のとおりであるから本件修理工事の危険性を理由とし新たに合意の成立のない以上本件修理のための発航命令に応ずる義務なしとする被控訴人等の主張は竟にこれを肯認することを得ない。
四 公労法第一七条違反と解雇
以上のとおり千代田丸乗組員が昭和三一年三月五日同船長の出航命令に応ずべき労働契約上の義務があつたことが明白になつた以上千代田丸乗組員が右命令に従わなかつたことは原審の認定したとおりであるから、かかる行為は公労法第一七条にいう公社の業務の正常なる運営を阻害するものというべく、これに至らしめたのは本社支部の発した「出航を拒否せよ」との前記闘争連絡第六号、第八号に因ることは成立に争のない甲第四号証(殊に右闘争連絡六号、八号の発せられたことを中心とする各記載、本部指令第十二号の発せられた前後に関する各記載)、乙第二四号証、原審証人(省略)の各供述成立に争のない乙第四二号証の記載を総合して明かであり、本件修理工事に赴くことは千代田丸乗組員の義務であることは既に認定した通りであるから、右指令は当然争議行為の指令と解すべきである。
被控訴人等は、右闘争連絡第六号は昭和三一年二月二八日千代田丸船長田代安市と同分会長深見勇との協定(すなわち本件工事に関し「一方的に出航命令は出さない、十分話し合い了解の上出航する。」との趣旨の協定)に伴う義務の履行についての連絡であつて、千代田丸分会員に対し業務命令の拒否を指示したものではない、と主張する。同船長が同分会長の求めに応じて確認事項と題する右主張の趣旨の書面に記名押印した方が、落合施設事務所長から指示のあつたのを機会に分会長に口頭で右確認事項を取り消す旨発言していることは既に冒頭(本件紛争の経緯)において認定したとおりであり、また船長が、組合との関係において何等の交渉権限がないことは昭和三〇年度における団体交渉方式に関する協定(乙第三七号証参照)により明らかで労働協約に属するものを締結することができないのであるから右確認事項を労働協約となすことの出来ないことは言うまでもない。しかのみならず(証拠―省略)を総合すれば、千代田丸船長田代安市は本件修理工事の発令予定が同船に連絡のあつた昭和三十一年二月二一日当時は上京中で乗船しておらず、東京の公社に出向しており、本件航海を終つた後退職することに内定し、同月二七日に長崎に帰り翌二八日千代田丸に乗船したが、同日千代田丸分会長深見勇等四、五名から同分会が団体交渉の形式により公社に対して要求している事項の解決しない間は船を出さないようにして呉れとの申出を受けたこと、之に対し同船長は従前の実例から右交渉の妥結を期待し且つ円満に出航することを念願していたので、「分会側の申出は諒解した。交渉が妥結し円満に出航することを期待する」趣旨を答えたにとどまり、交渉が妥結しない限り公社より業務命令が出ても組合側に協調して出航命令を出さない旨確約したものでなかつたと認めるのが相当である。深見勇等は其の後被控訴人山本等と電話連絡の上同船長から確認書を取つて置くに如かないとし、三月一日副分会長沢田忠勝に於いて甲第三二号証及びこれと同一の文書合計二通を作成し且同船長の氏名をも記入した上、折から下船しようとする同船長を呼止め先日の話し合を文書にしたものであるからと捺印を求めたので、同船長は船室に戻り右二通に捺印し、その中一通を手許に留めて置こうとしたところ沢田は之を拒んで二通とも持ち去つたことを認め得る。以上の認定に徴すると前示認定と異る内容の甲第三二号証は沢田が一方的に記載したもので、優柔で事勿れ主義の性格の田代船長(同船長が斯る性格であることは(証拠―省略)に弁論の全趣旨を総合してこれを認めるに十分である)がこれに軽卒に捺印したものであつて、二月二八日の前示話合の結果を客観的に記載したものとは認め難く、従つて右甲第三二号証の存在並に記載によつては前段の認定を覆し得ない。(中略)他に以上の認定を覆して被控訴人等主張の如き内容の協定が船長との間に成立した事実を肯認するに足る資料はない。
そして(1)前段認定の如く船長田代安市に公社を代理して団体交渉を為す権限のないことは原審における原告等三名に於て当然知つていたものと認むべく、(2)前示甲第四号証、同第一七号証の記載、原審証人(省略)の供述によれば、被控訴人等は、昭和三一年二月二八日所謂協定(但し事実は前段認定の如き内容)が千代田丸分会と田代船長との間に成立したことをその直後に知つたものと認め得るに拘らず、以後の団体交渉に於いて斯る協定成立の有効に成立していることを自ら主張した形跡のないことは右甲第四号証の記載及び原審証人(中略)の供述により明らかであり、(3)千代田丸分会に対し被控訴人山本名義を以て三月四日に発せられた闘争連絡第六号による指令が公社側の業務命令を発する動きに対抗して為されたものであり、また同月五日の同第八号による指令が右六号指令強化のために発せられたものであつて、何れも船長との協定を対象とするものでないことは前示甲第四号証の記載により明らかである。以上(1)乃至(3)の事実を総合すれば、被控訴人等の前示闘争連絡第六号、同第八号による指令は公社の業務命令(出航命令)を対象として為されたものであつて、右闘争連絡が争議行為ではなく、確認書に基く船長の義務の履行についての連絡であるとの主張は到底これを採用することが出来ない。
従つてこのような指令が公労法第一七条にいう公社の業務の正常なる運営を阻害する行為をそそのかし、あおる行為に該当することは明白である。そして、当時被控訴人山本は本社支部の支部長、被控訴人野崎は副支部長被控訴人亡阿部は同書記長として所謂組合三役の地位にあつて以上認定の如き団体交渉の経過を経て本件争議行為を共謀し、これをあおり若しくはそそのかしたものであることは成立に争ない甲第四号証(殊に闘争連絡六号、八号及びこれ等の発せられた事情の記載部分)、乙第四一号証(坂本武の審尋調書)、乙第四二号証(野崎咲夫審尋調書)の記載並びに原審における証人(省略)の各証言により認められる。従つて控訴人が公社職員たる原審原告等三名を同法第一八条により昭和三一年五月四日解雇したことは適法というべきで右解雇の意思表示のあつたことは原審原告等三名の争はない所であるから同日を以て同人等三名と公社の間の雇用契約は消滅したと謂うべきである。
なお控訴人は、公共企業体である控訴人公社は国家経済組織の一型態であり営造物法人たる実質を有し、その職員は一般の国家公務員と等しく特別権力関係に立つものであるから、その職員に対する公労法第一八条による解雇は行政処分であり従つて当然無効である旨の主張は許されないと主張する。しかし、本件は原審原告等が原告として同人等と控訴人との間に成立した雇用関係の存続することの確認を求める訴であるから、被控訴人等は雇用関係の発生したことを立証すれば足り、控訴人の為した解雇が法律上無効であることの主張ないし立証責任を負担することなく、解雇に因り雇用関係が法律上有効に消滅したことの主張、立証の責任は控訴人においてこれを負担するものと謂うべきである。従つて控訴人の前示主張は畢竟するに控訴人の立証すべき解雇が仮に法律上完全でなく瑕疵あるものであつてもその性質上当然無効たり得ないと謂うに帰するものと解すべきであるから、控訴人の解雇が前段認定の如く法律上有効である以上、更にこの点について判断を為すことを要しないこと言うまでもない。
よつて被控訴人等が控訴人との雇用関係の存在の確認並びにこれが給与等の支払を求める本訴請求は理由がないから之を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九三条一項但書第九六条を適用して主文のとおり判決する。
東京高等裁判所第九民事部
裁判長判事 鈴 木 忠 一
判事 菊 池 庚子三
判事 加 藤 隆 司
各給与支払額計算調書<省略>